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第五計畫 - Jacob Titor's Hatena Blog

大学院生が認める心のリハビリテーション

心のリハビリ - 1. 思春期

Life Mental Health

 自分に嘘をつきすぎると、自分の感情が麻痺してしまう。何が本当の気持ちなのかがわからなくなる。高校生の頃、自分はどこまでも高尚なものにすがっていたいと背伸びをして、まったく本など読まないのに、フィッツジェラルドを持って喫茶店へ足を運び、アメリカンを口にする。だけど、その味はあまりにもビターで小説の内容も自分の人生経験の浅さゆえに1ミリたりとも理解できず、読み止めてしまう。

 

 学校で話題になるようなJ-POPは一切興味を持たず、クラシックや前衛音楽を聴いては人と距離を置き、自分の世界をひたすら構築しようと足掻いていた。受容という言葉をまったく知らなかった頃である。しかし、今となってみれば、自分の気持ちに正直でありたいという素直な欲求にひたすら反抗していたのかもしれない。

 

 僕はあまりにも野暮ったい人生を送ってきた。世間知らずも甚だしいのかもしれない。そんな僕は今大学院生で研究を主軸として生きていく中で、夏の国際学会での初めての研究発表も終わり、初秋に差し掛かる頃、鬱状態に陥った。大学院というのは想像以上にジメジメとした場所で、少ないコマ数の授業以外には基本的に決まった時間があるわけでもなく、その時間を研究に費やすわけである。

 

 大学院に行くほどなので、勉学は嫌いではなかったものの、それは勉学に対を成すもう一つの車輪があったからこそ動いていたものであって、その片輪を外してしまえばまともに走れはしない。僕は片輪でひたすらボディに傷をつけながら、道を走っていたのだろう。僕は研究に手をつけられなくなった。何事に対しても、無気力、無関心になってしまう。ひたすら、死にたいと思うようになった。

 

 精神科で薬をもらったものの、これに頼れない自分もいたため、抗鬱剤を飲むことも躊躇っていた。死にたいなんて思ったところで、勇気のない自分はどうせ何もできない。「死にたい」という感情は「死ぬのが怖い」という感情と表裏一体であった。この歳になって格好悪いことに、夜中に放浪してこのまま連れ去ってくれないかと思っていた。それからある日、気がつけば僕はひたすらお風呂の湯船の中で心を押さえつけて、涙をこらえていた。

 

 その片輪が外れた原因はわからない。しかし、その日を境に僕は人に対してオープンでありたいと思い、さらに人の温もりを感じたいと初めて思った。

 それが僕にとってようやく「生」が始まった瞬間であった。

 

つづく...